けと日記

けとの日常の色々など~

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03-11

2014

近況報告

行けると思ったんだけどなぁ、後期試験受けてくることとなりました。一日目に焦ったかなぁ?ま、気にしてもしょうがないか。んー、開示が気になるけど、それは帰ってから見ようかな?
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03-17

2013

春の水岩を抱いて流れけり(漱石)

どこぞで告知したうちのオフィシャルキャラクター(仮)の永遠の19歳(77歳説)、梁木加奈さんの記事は用意が間に合ってませんので延期さしてもらいます。久々の漱石です。いや、たしかに春に降る雨で川は偉いことになりますね。こないだも大雨で川がかなり濁っておりましたけど、大変なのは護岸整備の人達です。流れてきた雑草、土砂の類は普通の川ならほっとけばいいんですが、現代の護岸工事された中規模の(=街中レベルの)川だと放っておくわけに行きません。放っておけば見た目自然な川になるような気もしますけど、治水的な意味でアウト、ということになっています。ですから、重機でもって(例えば歩道なんかが無いような川の)護岸下に下りて流れてきたものを取り除かなきゃならんわけです。まあ、無駄な工事に見えるんですけどね。そんなことしてまで"憩いの場所"を整備するような河川計画は間違ってるぞ!と思いますけどね。


川でいうと結構前に堀川は地上に姿を表し復元されましたが、アレは増水するんですかね。しませんかね。増水しない完全に管理された川なら、それは(川といっていいかはわからないけど)都市計画の一環としてはいいんじゃないですかね。

さて、昨日は京都市街の方に行ったわけですが、市バスにハイブリッドの新車が入ってましたね。それも結構な規模で。調べてみますと数日前から動き出しつつあるそうで、これでハイブリッド車がいないのは烏丸御殿だけになるそうです。うーん、時代ですねぇ。そうそう、背面の電光掲示板が大きくなりましたね。見やすくていいと思います。あと、電光掲示板にも(終バス、その一つ前を知らせる)赤灯と青灯がついたようです。掲示区域の外周を点線で囲むように表示されるようで、これで電光掲示板のデメリットがひとつ解消されたことになります。あとは日が照ってる時の視認性の問題だけです。とはいえ、これも最近(以前と比べて)改善されたような気がしますね。以上、バスの話でした。

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03-16

2013

大坂の人にすれたる柳かな(一茶/七番日記・文化十一年)

文化十一年ですから、故郷信州柏原に帰り、妻と結ばれた頃の作でございます。まあいつの時代もステレオタイプって物は存在しているようでありまして、最近ですとなんでしょう、アメリカ人は大体が短距離でも車を使いジャンクフードばっかり食ってるから太ってるだとか、カナダ人は大体すぐ謝るとか、ユダヤ人は貪欲だとか、中国人は卑劣だとか、アイルランド人はバカだとか、黒人は怠惰だとか、イギリス人は大体料理ができないとか、朝鮮人はすぐ号泣する癇癪もちだとか、日本人は集団主義で自己主張ができない本音がわからない不気味な奴だとか、理系は理屈っぽくてぼさぼさの頭で精神が不安定だとか、まあ大体がちょっと考えたら大体ただの偏見でしかないとわかるような(そりゃアメリカのお菓子のトランス脂肪酸や砂糖の含有量とかは多すぎる気もしますけど)馬鹿らしいものが日常生活から世界のネットの掃き溜めまでいっぱいあふれているわけでありまして、さっき挙げたような物を聞くと僕なんかは非常に不愉快な気分になるわけですな。少なくとも僕の前でそういう話を真面目な顔でして欲しくないものです。いろいろ不義理ですよ。壁に耳あり障子に目あり。普段から変に人としての価値を下げるようなことはすべきじゃないと思いますけどねぇ。

ええと、話を戻しますと、アクセントと方言に関する論なんかを調べておりますと、方言や言葉遣いにはその「ステレオタイプどおりの人物像を読み手に想像させる働き」がある、という、役割語という考え方が出てきたりするわけでございます。「わしはのぉ、15の頃から修行させられてのぅ、毎日午前中は修行、午後は仕事の繰り返しだったんじゃ」なんて言う字面を見て、「芸妓(げいぎ)さんのことか!」なんて思う人はおらんわけですな。外国人で日本の教養があるのに日本語環境に慣れてない人なら、教養から芸妓さんと推定するのかもしれませんけど、まあ大体の人は多分爺さんが大工時代のことでも言うとんねやろ、と思うわけです。まあ、当然のことと言えますけど、改めて言わん限り学問用語にはならんわけですなぁ。ちなみに提唱した人は金水敏(きんすいさとし 1956.4/29~)といわはります。その人によりますと、役割語の多くは、実際にはそんな使われ方をしとらん、と言うわけです。実際に博士が「わし・・・じゃ」なんて言うたりしませんわな。今この記事は落語調を意識しつつその難しさにひれ伏しながら書いてきて、諦めたわけですが、落語なんてのは役割語でできていると言っても過言ではありません。とつぜん口調があらっぽくなると聴衆は「あ、こりゃ一杯喰わされる役だな」なーんて思い、女性ことばで「おまえさん」なんて出てきたときにゃ「あ、女房か」とわかるわけです。役割語は文字作品の中でキャラクターにキャラクター付ける必須要素と言われるのですが、このことを踏まえるとよくわかるな、と。ある意味でキャラクターに付与する記号になりますね。使うときに悪意はなくとも、誤った偏見を広げる場合もある、これまた当然の話です。

さて、表題の句の「大坂の人」です。役割語として大阪弁を見た場合、大阪弁には「ケチで笑わせたがりの人情屋、食いしん坊で派手、下品で元気(たまにヤの付く人達)」と言うステレオタイプがあるようで。まあ、ありますね。ヤクザのイメージは昭和の映画の影響と言われているので異なりますが、他のステレオタイプは江戸時代後期には既にあったようです。東海道中膝栗毛や、この句はそういったことの証と言えます。まあ、この句では「人情深い」的なイメージは読み取れませんけどね。「大阪=人情」という図式を用いた文献例を探したのですが見つからなかったので、当時はまだそういうイメージはなかったのかもしれません[要出典]。


ところで、春の季語、柳ってご存じですかね。いや、そりゃ知ってるでしょうけど。鴨川沿いにも植わってますし、いろんなところで見かけますからね。では、品種は?と聞かれるとどうでしょう。ええ、川沿いの柳は大体シダレヤナギですね。多分一番多い品種なんではないでしょうか。とはいえ、柳はシダレヤナギだけしかないわけではありません。ネコヤナギとか、川柳:カワヤナギ(センリュウじゃないよ!!)とか、聞いたことあるんじゃないですかね。土木工事の際に挿し木しておけば大きくなって護岸してくれるので、水際に生えやすい今挙げた種が増える結果となっているのですが、実際には水辺に限らず山地、公園など北半球地域の温帯、寒帯、高山からツンドラに至るまで、世界で350種、日本には30以上の種が至る所に生えています。さらに、別種間で交配しやすいので、雑種(や変種)が大量に存在しているのです。シダレヤナギとネコヤナギだけでシダレネコヤナギネコシダレなんて品種が現れるわけですからまあエライ数になるのが想像できると思います。川沿いの物は「どうせシダレヤナギ」と考えても問題ないでしょうけど公園の柳とかになると普通の人が見分けることはほぼできません。そんな柳ですから、たしかに「おっ、こりゃ普通の柳と違うぞ、なんか狡猾そうだな」なんて一茶が思うこともあったのやもしれないな、と想像がふくらむわけです。


いや、俳句の解説でこれだけ使うと思わなかった。さて、昨日は某Sの説明会で大阪に行ったわけです。だから大坂関連の句なんですけどね。ある種の同窓会という噂もなきにしもあらずですが・・・それは置いておいて、その行きしなに宇治川派流を見てみますと、先日まで涸れ川同然だったところが水を湛えておりました。実は一昨日の帰路に放流を見たんですよね。急激に春が近づいておるな、と思った次第でした。

03-15

2013

汚れざる桃(とう)白梅の散りたてか(自句)


同じく自句、蜜吸の散梅座敷は雨降りて。梅には三大鳴鳥のあの鳥ではありません。梅には蜜吸鳥なのです。ホーホケキョと鳴く春告鳥は叢で虫をついばんだりするわけで、梅には旧50円切手蜜吸鳥が来るのです。一茶も(目白を呼んだ句はないので)間違えてますけどね。いや、慣習なのかな。



さて、一昨日記事を書いた後、即決で翌日遼河君と件のラーメン屋に行き、城南宮の梅を見る事と相成りました。ということで、ここからは遼河君のブログとも併せてお読み下さい……

と、いうことで、ラーメン屋は駅前にあるので11時集合で駅に向かったものの、11時30分開店とのことでその前にぐるっと回って明治天皇陵に。御陵といいますと山ですから、高低差を上らなければなりません。緩い坂で上れるようになっているのですが、その坂に杉、ですか?の並木道があります。花粉症の季節、不安が。まあしっかり生長した木が整然と並んでるわけで、よく整備するもんだとは思いますが、残念ながら山の中までは整備は行き届いていません。まあ、山ですからね。とはいえ、鳥なんかは自由気ままに鳴いてたりします。さて、上り切ったところには、その上りを一気に下る急階段も用意されていたりします。と、いうか、多分その階段が(形式上の)メインルートなんじゃないですかね。知りませんけど。せっかくなので下りるわけですが、いつぞやに感じた恐怖が無くなっていたことに気づき驚きを覚えました。成長か。

帰ってきたら12時ちょうどというわけで、ラーメンを食べます。寒いしね。初めてテーブル席に座りましたが、カウンターより空間が広いためか少し寒いんですね。味はいつもと変わらず。バラの堅め元味もやしねぎ多め温泉卵ありのキムチなし。600円。昼を食べたら竹田街道へ出て北へ北へ西へ。途中で東高瀬川沿いに歩いたりしつつ城南宮へ。桃色、白色の枝垂れ梅が咲いていたのですが、昨日の大雨でそこそこ散ったようです。が、散りたてのためかまだ黒ずんで汚れたりしておらず、一面の花びらが桃白のグラデーションを作り出して初めて見る美しさです。桜は散り際が美しいと言いますが、散った花びらの美しさというものもまたあるのだな、と。帰りは稲森さんのおっきいビルをとおり、竹田街道に気づかずスルーし、京町通から丹波橋(MAT前)を通って駅へ帰ります。行きとは全く違う道というわけですが、まあ24号の方面は全体的に道に特徴がないわけなんですね。うーん、ゲームで敷設した道みたい、というか。


帰ってブログを書こうとしたのですが、御陵を暇潰しに使ったせいか花粉症が激化。今朝となってしまいました、とさ。以下写真を。クリックで拡大します。

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03-14

2013

穏春の供は激しき雨風か(自句)

大風に大雨。嵐の前の静けさではなく、静けさの前の嵐、なのでしょうか。俳句は自作の比率を高めようと。当分駄作が多いでしょうが、一茶の如く、というか子規の如く(というと失礼に当たるが)「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」ですからね。


久々にうちのブログのアクセストラフィックを見てみました。7歳 叩かれて嘔吐で検索されて来られた方がいらっしゃったのですが、何かと色々心配です。というか、ネットに頼るなよ。少なくともブログで何とかしようとするなよ……多分漱石の叩かれて昼の蚊を吐く木魚哉がヒットしたんでしょうけど。にしても、更新していなかったからか俳句検索で来られてる方が多いですね。早く昔の記事にも解釈を載せなければと思う次第です。


さて、今日は表題にも書きましたけどすごい雨でしたね。雨降る前に昼ごはん(外)食べて正解でした。そうだ、その昼ごはんについて。

以前から土曜の昼などは家の近辺なんかで外食をしていたのですが、卒業式以後家にいることが多いので必然的に昼ごはん外食の頻度が増えたわけです。学校があって土曜しか食べない頃はそこまでご飯を探しに行くという時間も取れなかったため選択肢としては商店街のマクド、モス、ケンタッキー、お好み焼き/焼きそば、王将……等しかなく、その辺でMAT前の杜夫君やニワトリ君と食べていたわけです。それより昔は学食で食べたりしてましたけどねー。
ところが、卒業式以後は時間があるわけで、ご飯を探しに歩いたりする時間が生まれたわけです。ネットで検索したりね。ほいだら「伏見はラーメン激戦区」なんていう話を見ましてですね。ラーメン屋をぽつぽつ渡り歩いていたわけです。「酒粕ラーメン」だの「ドコドコの店で修行した〜」だの。結局、駅前高架下のラーメン屋(大中ラーメン)に落ち着きました。並500円、叉焼つき600円という価格に、味も抜群と来てまあ常連化確定です。観光客向けじゃないからいいんでしょうね。 最近(週3以上のペースで食べてる上にお金を払い過ぎて追っかけて来られる事例があったりして)顔を覚えられ始めたような気もしてますが気のせいかな……?

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